げんき☆の花を咲かせたい

声優☆七穂元美のひとりごと

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めっちゃ季節外れだけど

初夢って、1/1と1/2の間に見る夢って言いますよね
どうしてなのか、たぶんわかった!
今は太陽暦ですけど、昔(太陰暦で暮らしてた頃?)って、日付変更線は、「夜明け」「日の出」なんですよ
とすると、今で言う1/1の日の出からが1/1で、そこまではまだ12/31なんですね!
とすると、その年最初の睡眠、夢としてカウントされるのはそれ以降
なんだ、そういうことじゃん!
日付変更線の話は知ってたのに繋がってなかったよー


今は太陽暦で暮らしてるので、0時回ってからの夢が初夢扱いでも構わないのかな、とは思いますが(あくまで生活に寄り添う感じ)


そして、満年齢と数え歳
満年齢は、生まれた日を0としてカウントの、現代の年齢の数え方
数えは生まれたら1歳で、1/1で全員1歳プラスと考えてたんだけど
歳神様って言葉聞くじゃないですか
(歳神様の詳細未確認なので若干適当な部分は御勘弁)
元日から大みそかまでの一年間が一柱の神さまと考えると、歳神様と会った数!歳神様を数えた回数!
自分的になんかしっくり来た

お母さんのお腹の中にいる時が0でカウント開始かなーとか前は考察してたんですけど、するとほら、10カ月なので1年カウントにならないし
生まれる前からカウント開始だと、三年懐胎の毛野の数え歳もプラス3歳表記になるはずですし(八犬伝の話)

とりあえず、残った疑問は1/1に昼寝して見た夢って初夢になるの?と、昔の人的にもそれってどうだったの?てことですね
そして、初夢ルールがもし厳密だった場合、旧暦を採用しなくてはいけないのでは、ということ

それから、つい0時回ったところであけおめツイートとかあけおめblogとかやっちゃいますけど
……明けてないですね。夜明けてないですもんね
「 happy new year」なら言葉的にオッケーかと思いますけど

でもたぶん、これについては忘れて普通にあけおめしちゃうと思います
次の年末年始の私やいかに
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とは言いつつも(何気に↓の続き?)

なんで人見知りったり馴れ見知りったりするかというと、自信がなかったり、嫌われたくないって思ったりするからなんだよね

自信……は難しくても
嫌われたくないってのは、ほんとのほんとは好きになって欲しいってことですよね、たいがい
それで、好きになって欲しいってのはもう、自分は好きなんですよねぇ
それがどういう種類の人間関係でも、基本はきっと一緒
家族でも、友達でも、仕事仲間でも、舞台に立つときでも、恋でも(や、むしろ恋はわかりやすいものか。だからいい恋は成長につながるっていわれるのかな)

それが、自信のなさでぶれちゃうんだな。私の場合だと
で、やらかす、と(笑)
(笑えるやらかしも多いのでまあご愛嬌)

大好きだから好きになってー!って素直な表現をしちゃいけないことなんて、全然ないのにね
そのままの私で大好きだよーって言っていいのにね

自分が何をしたいか、どうしたいか考える時、何をしたら正解か、何をしなきゃいけないかとか考えてしまって、なんにも見えなくなるのがしょっちゅうでして

自分が何をしたいか、は気持ち
自分の気持ちのために、自分が自分に何をしてあげるのが正解か、ということはあるけど
まずは気持ち。そうしたい、やりたいって気持ち
それから嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい
そういうの

実は私の育ち方って、過保護に過干渉って言っていいような部分があるんだけど(両親、好きだけどネ)、私自身も私に対して過保護で過干渉だったんじゃないかと思います
失敗したこととかでいつまでも自分を責めたりもしがちで、自分で自分を虐めてもいたかも
過保護も過干渉も虐めももうやめよう


なんだかんだ、ストレートに前向きなことばっかりとはやっぱりいかないけど、私という人間の主役は私しかいない
落ち込んだり、失敗したり、うじうじしたりすることも、全部メインテーマへの一幕一幕として、いい感じに重ねていきたい


大切なことは、演じた子達がちゃんと教えてくれてたのにね。演じてる時は私も分かってたのにね
全部幸せにつながってるのは、全部幸せにつなげる気持ちがあるからだったんだね。そう信じる気持ちがあるからなんだね
君たちほんと凄いわ。大好き

器が足りなくてこぼしてしまってたものも、拾って渡してくれる人がちゃんといる
実は、たくさんいる。みんな拾いまくって何度も渡してくれてた……と今びっくりした
理屈では分かってたんだけど、ふわっと実感がわいてびっくりした
こんな私だったけど、新しいもの渡してくれる人までちゃんといる
上手に受け取れてなくてがっかりさせてしまった人もきっといるんだけど、うん(ノ_・。)
その人のところにも、ちゃんと自分の主役やりますよ、と絶対声を届けたい
大好きですよーって
だからこっち見てーって


とっても恥ずかしいこと書いてる自覚はあるんだけど、ここに書くのが一番いいものですんません(笑)
挫けたり、忘れそうになったり、忘れたり(←オイ)しても、ここにあるならまた拾えるもん
その時、今の感覚を取り戻せるように書いたのです


出番なのに「無理ですー」って幕にひっこむ役者がどこにいる(前はここにいたorz 日常で、特にマンツーの時にな(ノд<))

私は、私の、主役
誰と居たって、どこに居たって、舞台だって、日常だって


みんなも、そうなんだよね
うん。この世はいいもんだね♪



そして、こうして私の気持ちを読んでくれてるあなた、大好きですよ
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馴れ見知り

って言葉を知っていますか

なんか結構、自分の造語だと思ってたら、周囲の女子に普通に通じるので
ニュアンスで感じとる系単語です

「ごめん、私実は馴れ見知りで(>_<)」
「えー!実は私もなのー(・∀・)人(・∀・)」
的な


もともとが人見知り気味で、初対面はテンションあげることで乗りきれるけど、馴れてくると今さら恥ずかしくなったりして緊張し始める……という

もちろん、そこを越えればちゃんと馴染んで自然に振る舞えるようになってくるのですが(ちょっとずつ)

いや、だからどうしたって感じなんですが、もう少し市民権が欲しいなぁなどと(ノ_<。)
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身近なところで





史跡を楽しもうシリーズ。シリーズ?

普段、なんとなく「神社があるー」と横目に見ながら歩いてる場所とか、お参りしたことある神社とか

実は、お城でした!?
ということ、珍しくないそうでして

で、お友達とお茶した帰りに、せっかくなので寄ってみました。
渋谷のお城跡は、ここ!
金王八幡宮さま!


実際のお城の敷地はもちろんもっと広かったそうです。
今はビルとかでわかりにくいけど、たしかに山でして、地図で見て街道や川や谷にまるっと囲まれた範囲と考えるとざっくり合ってる感じとのこと
街道は今でも道路として使ってますよ(これで合ってるはず。写真)
この八幡さまを鎮守として、実際の渋谷氏の館は麓の銀行のあたりにあったらしいです
遺構はほぼないそうですが、神社には砦の石だったであろう、という石が残っています
これは石垣の石だったのでしょうか、なんか櫓の土台とかだったのでしょうか

鎌倉時代以前からのお城とのことで、石垣を作る技術はいつごろからあったのか、とか、少し時代が過ぎてから改築したのかな、とか
石の前でしゃがみこんで空想してる謎の人がいたら、それは私かもしれません

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ろまんちっくなことを考えた

「幸せは右手の小指から入って左手の小指から逃げていく」らしいです
それから、運命の赤い糸って、左手の小指にあるらしいです

それでひらめいたんですけど。
本当は幸せは右手の小指から入って左手の小指から逃げていくのではなくて、右手の小指から入って左手の小指で赤い糸になり、お互いに運命の人に幸せを届ようとして繋がるんじゃないかな、なんて。

こんな説どうでしょう(*ノ▽ノ)
この世の不思議をまたひとつ解き明かしてしまいましたよ(笑)
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おとぎ話のヒロインて

特に、女の子が主人公のね

よくよく考えるとそれほど古風でもないというか、活動的というか、バイタリティあるなぁ、と
(本当は怖い……とか、実はこんな暗喩があって、というのは置いといて)

人魚姫なんて、別の種族になっちゃうのよ!しかも、王子のために命を捨てちゃうという……
シンデレラだっていびられながら、なにげに家事雑用完璧にこなして、しかもそれでくたくたになって気持ちが折れたりしないで、私もぶとうかい行きたいなぁくらい思う元気が残ってる!
白雪姫もお城育ちの割りに、いやだから?物怖じしないし
かぐや姫なんて貴公子手玉に取るだけ取って、自分の世界に帰るし


有線で、君はシンデレラさーみたいな懐メロかかってて、それがどうも、受け身な女の子像と言うか、なんかシンデレラになぞらえるのには私はしっくりこないかも、と思った次第
別に、しあわせを他人任せで待っちゃいないでしょシンデレラ

神田川聞いて「手拭いじゃマフラー変わりにならんわ」「せめて玄関中で待っとけ」とかついツッコんでしまう芸人体質なので、まあ細かいところはご勘弁を(笑)
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トレーニング兼ねて

おうちで読書する時はその時読んでる本を音読したりするのですが(時間帯はちゃんと考えますよ)

ふと思い立ち、読み終わってる児童書を読んでみたり
Twitterではちょっと語ってました「サトミちゃんちの8男子」です

ノリの良い一人称なんですけど、なんかものすごく口に馴染む!言葉が出しやすいというのか、抑揚つけやすいしブレスも句読点と自然に馴染むし。

で、改めて著者さまの経歴を見返すと、あ、アニメのシナリオなども手がけてらっしゃる……納得(深々と)


実は、かなり前にやはりアニメのシナリオライターさんの作品で小説としては正直ものすごく読みにくい(シナリオは素敵なのですが)という例に当たったことがありまして、少し苦手意識があったのですが、払拭されました。
黙読しても音読しても読みやすいというのは、ほんとに凄いなと思いました。

そういえば、教科書に載ってるような名作も、黙読して味わい深く、音読して節美しく……読み継がれるものにはそれだけの理由があるのですね


舞姫や山月記は特に好きで、授業中の音読では「当ててくれ~!」って毎回思ってました(笑)

子供さん向けに児童書朗読とか、教科書朗読とか、やってみたいなぁ(*´ー`*)
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鯨さんが人の顔!?

水滸後伝の鯨退治のくだりなどから、日本でもそんな説話ってあるのかなーとネットサーフィンしてたら、いきなりなんか凄い絵が!

「大鯨退治の宮本武蔵」

これ、裏取らなくっても実話ではないと思うんだけど、まあ、絵がおもしろい!
風刺のだまし絵になってるらしいよ!
よーく見ると鯨の顔が女の人の顔

水野忠邦の改革が大奥の財政まではテコ入れ出来なかったことを表してるとか?
ほうほう。オオオクとオオクジラが掛けてあるとか?
ダジャレやないですか!

そういうの抜きにしても、色使いも綺麗で鯨もなんか可愛くって好きですねコレ
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(こっそりひっそり)

(コミコさんで、「でしにっき」も好きでしてね。いや、他にも好きなのたくさんなんだけど。江戸の粋はやせ我慢の美学……いいわぁ。そして、姉弟子の桑さんがとっても好き。)
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ワンモア徒然あっと館山

千葉ぷち旅行つれづれ
そういえば、館山市に入ったら
「里見氏を大河に」
という幟がそこかしこにありましたね
この場合、戦国大名としての里見氏の物語を大河ドラマに
ということだと思うんですけど

その……館山城って今犬山城だけどどうするんだろう?CG?

まあ、だいたいの撮影はセット組んでやるからいいのかな

八犬伝の為の下調べをしてる馬琴を語り手にする、という構成はどうだろう
時代はちょっと広くなるけど

八犬伝予告→七犬伝予告→やっぱり八犬伝として発表、の過程で、
北斗七星ネタでいこうかなーそしたら千葉氏のイメージか、いや、里見に八賢臣ているじゃん!やっぱり八犬伝で行こう、あー、だいばだったほんの変成男子を犬士の設定に使うとして、竜王の子供9人兄弟かぁ、九犬伝もあり?いや、あとで誰か足すってことでやっぱり八犬伝で、おー、9人目に正木大膳(政木大全)良くね?
とか、たぶん考えたのではなかろうか

実在の人物や事件の採用や、その中であえて事実をアレンジした点についても、調査した上で、前述の思考過程みたいなことを繰返したんじゃないかなぁ、と思うわけで

こうして虚実織り交ぜる語り手を軸に置くことで、史実部分をそれほど脚色しなくてもおもしろく描くことが出来るんじゃないかな、と
(大河はほんとのことだと期待して見てる視聴者さん多いからあまり変な脚色は頂けないというのが持論。全く脚色しないわけにもいきませんが)

大河ドラマになると観光客誘致出来るし、地元の歴史や好きな時代人物を扱ってもらえるのって嬉しいと思うんだけど、その扱いが雑だったら私は嫌だなぁと思うので、「里見氏を大河に」の幟にいろいろ考えてしまったのでした


というわけでいかがでしょうね
馬琴が語り手の里見氏物語
若干、山風八犬伝チックです
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おにのかくらん

……と言えればいいのだけど、あいにくそこまでは丈夫じゃないのでした
そんなに弱くもないけどね
ちょっと熱っぽいし喉痛いヤダー(>_<)

明日までに回復したいよー
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からおけっ♪



そうそう!
歌って満足してお知らせしてないていたらく(>_<)


ジョイサウンドさんで、坂田有希さんと私七穂元美で歌唱しておりますクル☆くるのキャラクターソング
「恋してるんだもんっ♪」
が配信されてるんですよっ♪(けっこう前からっ♪)
ヒロイン5人で歌ってる挿入歌
「ミラ☆クル クリスマス」
も配信☆中です(同じ☆時期から)


改めて歌うととってもいい歌詞!知ってたけどやっぱりとってもいい!
合いの手の歌詞は入ってなかったので、おさらいしてから是非是非歌って下さいませ
私?完璧に覚えてましたとも(*´∀`)♪

かもなるきふぉー♪

前向きな恋の歌っていいもんですね
いいじゃん! て先に全力肯定してる内容が
「誰か好きで 死ぬほど好きで」
泣きたい夜にお月さまが微笑んでるんですよ!

もうほんとここのくだりが特にすごく好きでして
あと、やっぱり全体が会話仕立て、ストーリー仕立てなのも可愛いです
一番では恥ずかしがってたリア先輩が二番では戸惑うロロットに「ガツンと行けばいいんだよ」て言うのも「あー、わかる!」ってなって特に好き
自分のことだと(*ノ▽ノ)となってても友達のことだと(*^▽^)/★*☆♪となるのがコイバナ


ずっと、キラキラしてる年頃でいたいものです

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(こっそりひっそり)

(コミコさんのネト充のススメがですね、うう……すごい感情移入する。私ゲーム音痴だからネトゲやる人じゃないんだけどさ。盛岡さんすごい可愛いし、おこがましいけどいろいろ気持ちわかるよーっ。今週泣いちゃったよー!……そして、胸が羨ましすぎるわ。)
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書き忘れたことなど?

南房総、里見への電車の旅
目的地以外にも私がちょー大喜びしたものがありまして


電車が海沿いを走るあたりになると、

鳶がめっちゃいる(*´∇`*)

群れでいる、つがいでいる、トンネルを抜けたら目が合う!

鷹はそこそこ見慣れてるんですけど(実家の上空を縄張りにしてる子がいるので)、鳶は珍しくって!

鳶もかっこいいね!

他にも線路横の原っぱにとても綺麗な雉がひなたぼっこしてたり
(知ってるかい。うちのいなかの雉は畑を荒らしてるのを見つけて追いに行くと飛ばずに走って逃げるんだよ。私なめられてるよ)


トンネル抜けたら鳶!とか、そこに雉が!とか
海だああ!!とか

一人旅のつらいところは、一緒に騒げる人がいないことですなぁ
気に入った場所をいつまでも見てられるのは良いとこなんですけど

館山城には鷹がいて、展望室からだと目線の高さを飛んでたりするので、試しに呼んでみたけど来なかったorz などと馬鹿やれるのも一人だからなんですけど、うん

あのね、山育ちの大角が鷹を連れて来てて、地元の鳶を子分にして、一人敵地に潜入してる時の連絡手段にしてたらかっこいいよね、とかちょっと妄想しました
鷹使い大角! イイネ!


あ、皆さんとりあえずまだの方は八犬伝読みましょー?

さくっと全体をさらうなら角川つばさ文庫版がおすすめ。可哀想なシーンは児童書なのでばっさりカットされてるけど、重要な流れがよくまとまってます

手に入るなら碧也ぴんく先生のコミックがおすすめ。アレンジされてる部分もあるけど、原作をよく研究して丁寧に漫画化されてます。細部ですが寝るときの刀の扱いまで凝った描写が。(いつ敵襲があっても対応出来るように抱えて寝る人が多いのだけど、現八はさらに下げ緒を体の下に敷いて寝ることも!出来る男!)

他、化け猫退治で終わってるけど人死にが少ない山手樹一郎版もおすすめ。信乃が浜路とラブラブだし大角と雛衣も悲恋じゃないし、毛野に振り回されるおっとり小文吾など、何かと楽しいです。

ポプラポケット文庫もそうとうアレンジ効いてるので他の原作よりを読んでからがいいとは思うけど、睦月ムンク先生の挿し絵がカッコ良い!で、訛ってる犬士が可愛い(笑) 毛野のキャラクター解釈がユニークかも?や、どれ読んでも毛野は濃いんだけど

あとはもう、岩波文庫などから出てるそのまんまの八犬伝を是非!
ちなみに山風版は読みたいのですがまだ入手出来てないだけだったり……


電車の旅だとちょーっとだけ遠いのだけど、今度は那古船形(小文吾の父は本当は那古家の人)で降りたり滝田城や洲崎灯台寄ったりしたいなぁ
丶大法師や道節の子供が住持をしてた延命寺も行きたいし、荘助のアイテム「人魚の油」をつい連想した人魚の湯なる旅館も気になるし


とりあえず、また千葉行くよ!
あとね、伏姫籠穴で朗読会とか……出来たらいいのにとか思ったのだけどどうだろね。山の中だけど
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八犬伝ツアー!




と、いうことで?

先日、電車乗り継いで行ってきましたのよ
里見の里に!
日帰りなので、とりあえず今回は
・伏姫籠穴
・館山城の八犬伝博物館
を目的に。

まずは岩井駅にて、伏姫と八房の像を探す
駅の改札ではなくちょっとした休憩スペースみたいになってるところにありました。
そして、目的の富山へ!……と思ったら麓までのバスは一時間に一本かorz
駅の観光案内で地図を貰ったところ、徒歩30分くらいなので、歩いて行くことに。
ふっつーにのどかな田園風景が続きましたが、山裾に入ったら雰囲気ありましたね
で、途端にテンションがあがる私!
フィクションだって?知ってますとも!
でもね、伏姫がここに籠ってたのも勿論だけど
親兵衛はここで育ったわけですよ!引退後の八犬士はここで暮らしたわけですよ!
テンションあがらないわけがない!!
ええ。あきらかに近代のつくりものの謎の八角形の舞台とか、伏姫籠穴に転がってる人道八行のでかい石とか、もうわかってるんです。あとでつくったって。……でも、こればっかりはね。いいの。
強いて言うと、ずっと昔の八犬伝ファンもここ来てテンション上がったんだろうなぁとか思って嬉しかったりしました。
次代を越えたイメージの共有。これが古典に触れる時の楽しみのひとつ
自分が好きなものを同じように好きな人が何百年も前にもいた
語り合ってみたいですよね。出来ないけど。

そして、また徒歩で駅まで戻り、いざ館山へ。今度は駅からお城までバスです。

館山城自体は、なにせそもそもがほかのお城のレプリカですよ、と堂々宣言してるくらいでして……いいの?
お城山自体も、ものすごく公園として充実してて……要するに手が入りまくっていて、昔をしのぶのは難しかったです
事前に、戦争の時に砲台作るのに削ってしまってるので山城としては参考にならないよ、と教えて頂いてたので、その跡を探しても見たのですが、それも分からず
土塁跡かな?と思っても植木のための盛り土にも見えるという。そんなだんだん疑心暗鬼になる自分が面白かったです(笑)

とはいえ、メインの目的は八犬伝博物館!
全巻がずらりと展示してあるのがやはり圧巻!
他は、翻案の八犬伝、角川映画のポスターや、人形劇の上映もあり。
映像だったら、角川映画よりもOVAのTHE八犬伝の方が八犬伝だなぁと思うので、こちらについては展示がなかったのが残念かな?

私が一番ぐっと来たのは、複製でしたけど、馬琴先生が視力を失いながら執筆する中でついにお路さんに代筆を任せた、その過渡期の原稿
全然見えてない中で手探りで書いてるのがわかる字が、次のページからまた細かい字になるのですが、こうまでして、と。
そりゃ職業作家さんですから。プロですから。
でも、最後まで伝えきる意志、ですよね

それと同じコーナーにあった年表もおもしろかったですね
執筆開始前に、他の本の巻末で八犬伝の連載開始(?)を予告してたり。
今の漫画雑誌みたい!
当時は識字率は高くとも識字のレベルには幅があったので、簡易版も出されてたのですが、それを勝手に出されて怒った、ということまで年表に
今で言うと、ラノベの児童書リライトがありますが、あれを無許可で作られて怒った……と。
現代といろいろ変わらないですね。吹き出しちゃった(*´∇`*)

他は、お城の展望室から海を見て洲崎海戦に思いを馳せてみたり、三浦半島の方見て「あちらで大角殿が頑張ってくれてる!」と一人毛野ごっこを心の中でしたりと、結局大満足なのでした

その後、モデルになったと言われる八賢臣のお墓に手を合わせさせて頂き、見学は終了です
お墓あたりはちょっと往時が偲べる雰囲気かな


なんかもう、見てきたよ!ってだけなんですけど
他にも八犬伝の「聖地」はたくさんあるので、少しずつ行ってみたいと思います

電車で那古船形や幕張通過中はうきうきしちゃいましたし
行きも帰りも(笑)

きっと、行くだけで楽しいよ!たのしみー(*´∇`*)


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酒飲みではないですが

景陽春だった!そうそう!
アルコール度数は55パーだったのねぇ


以前に中華街で水滸伝の同好の士との集まりがあった時に口にしたことがありまして
武松が虎退治した時にこれ飲んで酔っぱらってた
という件の

もち、茶碗酒でストレートです
三杯飲んだら丘を越せないてなもんで、まあなかなか強いお酒でしたけど、美味しかったですよ

茶碗一杯だったので、けろっとしてましたけど、三杯飲んだらさすがにどうなることやら
やってみたいような怖いような

ちなみに武松は当然三杯どころじゃなく、お店にあるの飲み尽くしたんだっけ?
たしかに美味しいもんね


水滸伝で思い付く食べ物ってなんだろなぁと思ったら例に漏れず○肉饅頭しか咄嗟だと出てこなかったので飲み物に逃げつつ覚え書きなのです
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ちまたではやりの

刀のお話!お話?

いやまあ……まだ私は件のゲームさんは未プレイなのですが(ゲームは自分でプレイするより横で見てたり、プレイした人のお話を聞いたりするのが何故か好き)


刀の寸法のことなんですけどね
私は全日本剣道連盟の夢想神伝流なのですが、現在の差し料っていうか、まあ刀の長さをどれくらいの使うか決める規準は連盟のスタンダードとしては、体格合わせなんですよ
右手で柄本を握って腕を下ろした時に切っ先が地面に付くか付かないかくらい
それで、そのスタンダードな寸法を「定寸(じょうすん)」と言います
流派とかでも微妙に違うかもしれない可能性とかは置いといて
現在の定寸は男性が二尺三寸五分、女性は二尺三寸
ちなみに刃渡りの部分
一寸は3センチなので、70.5センチと69センチ
私は背が160センチあって女性としては小さくはないのとそれなりに肩も強かったので三寸五分を使ってました
実は四寸でも稽古したことありますが問題なかったので、微妙に女子にあるまじき……だったかも

たかが1.5センチとかたかが3センチとか言うなかれ
鞘の扱いや肩や手首の使い方次第では、体格的に釣り合った尺でも本当に抜刀出来ないんですよ
(切っ先が鞘に引っ掛かってしまったり、そこで変な力かけると鞘が割れて怪我をする危険も)
逆もまたしかり(せんせぇやさしいけど厳しかったもんなぁ。感謝)

で、本題?
最近読んだ歴史雑誌の記事で、宮本武蔵の時代の定寸が二尺四寸だった、とあって
体格的には今より全体的に小さかった時代のはずなので、やっぱり本場(?)は違うなぁ!と感心したというそれだけなんですが(笑)
ところがどっこいその記事って二尺四寸が定寸の時代に四尺二寸とか三尺とか使ってる人がいたよ!っていうもっと凄いこと書いてあるんですけどね

ただまあこれはさすがに今の居合いとは刀の帯び方も違ったと思う
居合いじゃなく最初から抜いておいて切りあう前提で、普段は背中に背負ってたんじゃないかなあ
あと、普通に手に持ってたり
槍と刀だったら槍が有利というくらいで、そりゃ刀同士も基本は間合いを多く取れる方が有利ですものね

もちろん短い刀だって間合いに入ってしまった後は有利だから最初から短いのもあったし、愛用の刀を研いだり直したり大事に使ううちにどうしてもちょっとずつ短くなっていったりとかはあったので、結局みんなバラバラじゃん?て話ではあるのですが

刀を見るとき、元の持ち主さんはこの刀に見合った体格だったのかな、体格以上のものを使いこなす達人だったのかな、懐に入るタイプだったのかな、など想像してみるのもおもしろいかもしれません
現在の常識では思いもよらぬ刀法の使い手だった可能性やコレクターだった可能性も視野にいれつつ


ちなみに、一生使う機会のない豆知識

新しい刀はまだ鍔本近くまで砥が入ってなくて切れないので、もし切りかかられたらその辺りを握って止めなさい。でも古刀は手が切れるからやっちゃダメ

らしいです。そもそもそれどんな状況!?
実証したことないから真偽も不明、というか実証するつもりはないよ!
出稽古に行くと刀自慢のおじいちゃん達からそんな話ばかり聞いてた気がします。まる。
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自分でも驚いた

定期的にお詣りしている神社さんがあります
迷った時、落ち込んだ時、気合い入れたい時などに、神様の前で自分と向き合って、ちょっと励ましてもらいたいなという感じです
それと、宣誓とかね

今年になって出会った人や出来事が、本当に学ぶこと、響くことが大きくて、楽しくて大好きで、縁ってありがたいなぁとしみじみして
今後どんな形に収まるにせよ、私にとっては大切な分水嶺

見守って励ましてくれる人がいて
厳しいことを躊躇わずに言って下さる優しい方がいて
応えられるようになりたい
大切にしたい
そして、しあわせが繋がっていって欲しい

と、いろいろ思っていたら涙出てきちゃった
おそとなのにな!!
恥ずかしー(ノ_・。)
こんなの初めてですよびっくりです
どうした私

熱くなりやすい割りに普段はクールでニヒルなんですよ(自己イメージだけどw)
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かたったったった

お友だちとミーティング!
(会うことをミーティングと言うグローバルな彼女)

楽しかった!ありがたいこと(*´∇`*)

八犬伝語りやら、歴史のお話やら、コイバナやら、付き合ってくれるし興味持ってくれるし、懐広いのですよ。好き。

毛野がやたら属性過多な件とか、毛野の女装は声変わりまで説とか、大角さんを通じて知恵キャラは活躍のしどころがあるけど知識キャラって扱い難しいよねとか、おとね様日本文学史上最強女性キャラだとか、そもそもやっぱり馬琴先生始まりすぎだとか、まあいろいろと

あ、はい。最近八犬伝もマイブームです

八犬伝のこのシーンは水滸伝のこのシーンの見立てだよ、とか、このキャラ設定は封神演義のね、とか、結局いろいろつながります

お友だちには、碧也ぴんく先生版の八犬伝にて触れて貰ってるので、そちらならではの話も出来たり

誰を演じたいかなーとか、女性キャラもみんな魅力的だけど可哀想な展開多いのがつらいわぁとか
最初やな感じだった道節がだんだん可愛くなって来るよねとか、小文吾いい男だよねとか、親兵衛チートすぎとか、まあ、楽しいこと楽しいこと!




明日からもいろいろ頑張るー!
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あっちからこっちから

少し前に世田谷区の豪徳寺・世田谷城址と松陰神社に行ってきたのですが。
同じ電車の路線上に井伊直弼と吉田松陰のお墓があるんですよね。

安政の大獄を行った人と、その犠牲者と。

墓前でわき上がってきた気持ちは、不思議とどちらも同じでした。

時代劇、というか歴史ドラマとして描かれる時、特に幕末は幕府側と志士側を「善悪」に分けてしまう傾向が強い気がします。(もちろんそんなんばかりじゃないが)
そりゃね。敵味方に分かれてるわけですが。(もっと複雑だったりもしますが)
でも、仮に互いに「敵」としては見ることがあったとしてもそこに善悪の判定があったかどうか

少なくとも、私たちにとって、そこに善悪はないはずなんです
だって、どちらが欠けても今はないのだから
(好き嫌いはしゃーないかなー)


ただでさえ外患のある時に内憂を起こして国を滅ぼそう何て考えての戦いではなかったことは、たしか。
それなら、どうして?


明快に答えがあるわけではないけど、立ち止まって「どうして」と考えることにも価値があると私は思います。

ひとつの時代をあっちこっちから見ると、そこに見えるのは一生懸命生きた人たち。
それから、今に受け継がれてる何かの朧気なかたち。


大河で取り上げられてるので興味を持って松陰神社に足を運ぶ方って、結構な数いると思うのですが、せっかく移動も楽なことですし、是非豪徳寺にも足を運んでみて欲しいです。



ちなみに、世田谷城址公園と合わせて、豪徳寺って古い時代のお城跡でもあるんですね
ふたつの立場と、現代を含めていくつもの時代に同時に思いを馳せられるので、世田谷線プチお散歩、おすすめです。
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新年度ですね!

そういえば今年から、4月1日って祝日になったんですよね~♪
みなさん、何をして過ごされるのでしょう?
お花見の為みたいな祝日、素敵ですね!



















日付で、お察しください(笑)
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