げんき☆の花を咲かせたい

声優☆七穂元美のひとりごと

小峰城!




さてさて、写真添付の順番ミスってないといいな。

震災で石垣がかなり崩落してしまい、一時は立ち入り禁止だった小峰城
着々と復元工事が進んでおります

もともと市民の憩いの場であり、まちのシンボルであり、という場所なので、活気が戻ってきたのは嬉しいですね
(とかいいつつ、子供の頃にはよく行ってたのに記憶が朧気だったり。笑)

さて、また別に写真あげて記事書きますが、この小峰城の石垣、谷積みとも落とし積みとも名前が出てくるんですが、日本で三ヶ所しか見られないちょっと特殊な積み方だそうで
部分的に普通ののづら積みも見られますけど
なんか、積んだ線が同心円状の半円模様になるんです。正直かわいい

とにかくそんななので、積み直すにも専門家に来てもらわないと、そしてハイテク駆使しないと

というわけでいろいろ調べて作業開始となるわけですが、最初の頃に調査に来た人がとっても感動してたのが、震災でも崩れなかった部分
しかも、そこがおそらく一番古いらしい
なぜって……積み方がそもそも古い
説明員の人の話では「古式穴太積って言ってたよー」とのこと。
穴太衆ですか!石垣積みのスペシャリストさん達ですね(くらいの認識)
これって、現代だとロストテクノロジーなのでは……とわくわくしますね!
ちなみに、真下のお堀は釣り場として近隣住民の憩いの場になってます

そして、わたくし注目しましたのはその方角
阿武隈川の流れを変えて二重の掘りに見立ててまで守りを固めた北側。
そして、例の部分がそっち側
……戦を想定した部分から、迅速に、頑丈に、作ったんですね。櫓も真上にありますし。(絵図の写真で点で印したあたり)
しかし、戊辰戦争では南からの敵だったんだなあ、と心で流れる堀内孝雄の愛しき日々(それは会津ですけど)
実際の布陣の記録がどこかにあった気がするのですが、そんなだったはず

お城を見るときは、どちらに敵を想定して築城したかで見ると面白いし、当時を知る手懸かりになる、と詳しい方から教えて頂いたのですが、ほんとその通りなんだなーって、わくわくしました


そしてそして、実際の修復作業でとっても役に立ってるのがなんだかわかります?
こういうブログにあげてある写真や、有志の方から集めた写真なんですって!!

ややこしいので、ご興味おありの方は調べてね、と丸投げしたいとこですが私の説明出来る範囲で

崩れた石垣を解体→割れてない石をひとつずつ写真撮影→崩れる前の写真とコンピューターで計算して一致させ、割れた石は同じ形のものを作る→その図にそって元の場所へ順番に積み直す

で、ここでネックだったのが写真一枚だけだと、木なんかが邪魔で見えないところがある
でも、いろんな季節のちょっとずつ違う角度の写真をたくさん集めることで情報が埋まる→元の姿が完全にわかる!

ハイテク&人の和!

そんなこんなの話も、あと数年は作業が続くとのことでその間ならとくにリアルに聞けますので、これでご興味頂けた方は是非行ってみて下さい
駅から近いのも魅力ですから(笑)
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見て、感じて、考える、

ことが好き!!(タイトル長くてエラーになってしまったので分けたよ)


私に限ったことではないのですが、見て感じて考えることが好きな人ってたくさんいると思います。むしろ、嫌いな人っていないと思う。
何をスタートの「見る」にするのを好むかで趣味が分かれはしますけど。
体験することも、実際に自分でやっている状態での景色を見ることですし。
見ることも感覚なので、感じて考える、とまとめてしまってもいいのかな。

ブログをご覧の方はお分かりかと思いますが、私は歴史が好き!他にも好きなものたくさんありますけど、特に興味深いのです。

それで、私はここのとこずっと考えていたのです。
歴史の魅力って何かな、と。
そして歴史が好きなことの意味。

それは私にとって、星空と同じような広がりのあるもので、星と同じ存在意義のあるものだと、そんな結論に至りました。とりあえず。
ちなみに私、星も大好きです。知識ないですけど。

星の光は、とても長い時間をかけて届きます。
今見ている星の光は何年も何百年も前のものだし、大気の揺らぎひとつでも、もとの光とは違って見える。環境次第では見えなくなってしまうこともある。
似ていませんか?

星の光は、時に道しるべにもなる。
星座としてとらえるなら、そこには物語がある。
その物語を特に好む人もいますね。
星そのものの真実を知りたいと科学的根拠に基づいて星をとらえる人もいる。
天体の運行を大きな流れととらえて未来を見る人もいる。

ただ、その光が届いていることに魅せられて空を見上げる人もいる。
肉眼で見える範囲で満足の人もいるし、望遠鏡で細かく見る人もいる。
似ていますよね。

プラネタリウムとして表現することや、それを好んで見ることはまさしく歴史ドラマや時代劇ではないでしょうか。

どの楽しみ方も、愛し方も、尊いものだと思います。


そんな中で、私はなんなんだろう、と考えます。
アカデミックに研究したかったら学者さんになりたかったろうし、プラネタリウムとして表現したかったら、時代劇専門の劇団に入ったり、そういうプロダクションに入ったりしたかったと思う。
でも、そうではなかったわけで。


たぶん私は、見て感じて考えたことを、伝えたいのだと思います。それだけなのかも。

もちろん知識も欲しい、本当のことが知りたい。
でも、例えば通説や記録が間違いだったとして、どうしてその情報になったのかも面白いし、本当のことを知れた時のわくわくも感じたいから、最初の自分の知識が間違いでもそれはそれ。そして、本当のことを知ったのが偶然だったり、気付きの瞬間があるととっても嬉しいし、教えてくれる人がいたら、ほんとに凄いなと思うし、やっぱりとっても嬉しい。
そういうの全部まとめて、歴史そのものだけじゃなく、好きでいると出会ういろんな気持ち含めて、星みたいに道を照らしてくれるものだと思う。

それで、こういうこと全部をぐるぐる考えること自体が私ほんと好きなんですよ(笑)


私は、必要なことは必要な時に自分のもとを訪れると信じて生きたいと思ってたりします。
なので、たとえばブームとかまるっと無視したタイミングで何かにはまることも多いし、流行してるって知らないこともあります。
でも、それでいいんじゃないかな。
昔流行した本をふと手にする機会があって、それが「これは、今だからこんなに感動出来るんだな」と思うタイミングだった時、なぜか生きることの不思議を感じたりします。

今私のところに届いてる光は、今私に必要なもの。
ベストのタイミング。
傘を忘れて夕立に会うことも、きっとベスト。

どうしても割りきれないことも中にはあるけど
出来ることなら時間をかけて自分の中の小さな歴史として光になってくれたらいいなと願います。


きっとみんな、そんな星の光を持ってるだろうし、歴史好きのお仲間さん達には、そんな出会いがそこにあるでしょう。他の好きがある人にはそこに。
迷った時に知恵を貸してくれる。挫けたときに道を示してくれる。同じことについて語り合う友を連れてきてくれる。今の社会や自分のルーツとして振り返ると見守ってくれている。


歴史っていいですね。星っていいですね。
感じて考えるって、ほんと楽しい。
とりとめなく考えるのってほんとに贅沢なこと。



というわけで、私はゆるっと情熱的に、好きなことを感じて知って体験して考えて表現して伝える、そんな人間でいきたいです。
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大◯◯展


行ってきました~♪

大関ヶ原展ではないです(笑)
ひとりでホイホイぷちハイキングとか小旅行とかは余裕なんですが、博物館の混んでる展示に一人で行くのはホント苦手で、道連れも見つからなかったので関ヶ原展は行けなかったのですよ|_-))))

で、何を見てきたかって言いますと、大「定信」展!!!

松平定信公についての展示です。
福島県白河市の白河駅の裏手にある小峰城にある資料館の特別展示です。
めっちゃおもしろかったです(*´∀`)♪

実は常設展示目当てで行ったんですが、小さい資料館なので同時に展示はされないという罠があったのですが、結果オーライ。また行けば良い。

で、私のハイライト
「来国光……だと!?」
「和泉守がある~♪…………て、之定!?まじ!?」

最近お刀にお熱でして(笑)
もともと好きだったんですが栃木県の某刀剣博物館さんで名だたる名刀触らせて貰っちゃってから完全にとどめをさされた状態に(;^_^A

国光は、水戸の徳川ミュージアムさんにも焼け身の状態ではありますが展示ありますよね
こちらの国光を見て思ったのですけど、水戸の国光って、薙刀直しだったりしませんかね?刀身の厚みや反りがなんかこう……
真実はどこでどう調べたものやら

兼定の方は「鳴神」の号あり。名物?
大すりあげで、要するに茎を切って短くされた経緯があるので、茎銘については後世の人が入れたのかなと思います
もともとの銘の部分は切られちゃったんだろうと
国立博物館で見た之定とも筆跡ていうのかな、が違う感じがするし、金箔か何か文字に埋め込んであるし。
でも、兼定!て感じ。安心感があって美しい!


刀の話はこんなもんで、まあとにかく定信公って文化人!
源氏物語 全 編 を自分で書き写した「豆 本」のセットとか、自作の茶杓とか、それから、当時なんとなくの言い伝えでしかなかった白河の関について調査して「間違いなくここ!」とはっきりさせたりとか、楽器も雅楽で使う楽器を嗜んでたり、お気に入りの絵師さんとコラボって、掛け軸や屏風たくさん作ってたり
南湖作った人だってのは知ってたけど(南湖だんご大好物です。ちょーオススメ)、それが日本初の公園てのもまた、文化人。

屏風掛け軸や書き写した源氏物語などの手作り品?は娘さんにプレゼントしたものだったりもして、趣味人かつ子煩悩だったのかなー、なんて、教科書ではさっぱりわからない姿が見えました
寛政の改革でびしばし厳しく財政の立て直しをして「白河の清きに魚の棲みかねて~」なんて悪口言われたことはテストに出た気がしますけどネ


さて、次こそは結城家の古文書見るよ!

あとあと、今震災で崩れた石垣の補修工事してるのですが、それについては別記事で
行く度に着々と工事が進んでいて、元気を貰えるスポットです(*´ー`*)
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そしてそして

好きなものは好き
欲しいものは欲しい
やりたいことはやりたい

結果がどうとか、自分にその資格があるのかとか、そんなの関係ないよって、それを自分に許してあげられるように、認めてあげられるようになりました

何かをなくした時、そこでそのことにエンドマークをつけてしまうのも自由だけど、私は今、これが道の途中だと、終わりじゃないと感じたのです

なんでも結果だと諦めてしまったら、なんだろう
終わることばっかりの人生みたい
諦めることも時に救いにはなるのだけど

全部道の途中で経過で、だから始まるばっかりで、いつでもまたここから続いていく人生
そういう感覚を持てたことは、私にとって、とても良いことです


ほんと、ありがたいです

見守ってくださる方たちにも感謝します
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こんぷれっくす

実は私、実際そこまで強くもないと思うのですけど、強いのがコンプレックスでした

挫折しても「ちくしょー」って即次の手を考える。
いじめられてもとりあえず屈しない(いじめ返しはしないよー)。

それで乗り越えられたこと、奇跡が起きたこともあるし、その時、瞬発的にすっごく頑張った自分がいるのですが、それを素直に喜べなかったしそういう自分を認めてあげられなかった。

いつまでも落ち込んでる人の方が大事にされてるように見えたんです。
主に家族内と学生の頃からの友人関係なんかで。

立ち直り速すぎたせいで、悪い意味で挫折したことない人間みたいに自分を思ってて、世間で「挫折したことある人は~」みたいな称賛を聞くと嫌な気持ちになっちゃって。自分が逆に駄目な存在みたいに感じたんですね。実際は挫折もしてるのに。

それでいつの間にかコンプレックスにしてしまったら、もう何をやっても自信が持てなくて。頑張ってもいつも不安で、悪い結果ばかり想像して、でも大事にされてるように見える人みたいに上手にも出来なくて。
そういうとこ、弱かったわけですが


だけど、立ち直り早いのって本当はいいことなんですよね。
私的なことですが、大失敗しちゃったことがあって、近年まれに見るというか、そのジャンルの失敗では人生初というくらいキツい気持ちになったのですが、それだけキツいからこそ、だったのでしょうか。
すんなり「諦めない」という気持ちを取り戻しました。
それだけ真剣だからめちゃくちゃキツいってことじゃん?て。

失敗しても、まだ諦めない、その気概がある自分が今は素直に嬉しいです。
それでも求めるものが存在するのが、そんな魅力的なことに出会えたのが素直に喜ばしいです。

出来ましたら、こうして人生いろいろで遠回りしてますけど、全部いいお芝居にして生かせる機会を得られますように。
ていうか、勇気をもってもっと頑張れる自分になれそう。

ていっても、生まれつきのんびりマイペースなのでそんな感じですが
強い自分も、弱い自分も、大切に誇りを持って
もっと自由に

今なにか悩んでいる人にも、そんな風が吹きますように
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