げんき☆の花を咲かせたい

声優☆七穂元美のひとりごと

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レア?


昨日はスタジオで収録、今日は今日まで展示の童子切(太刀)を見にトーハクへ、と連日上野に来てるわけですが
(そろそろトーハクの年パス買っちゃってもいいような気がしてきた)

トーハクでレアな光景に出会った!

池がメンテのために干上がってるー!!
※それは干上がってるとはいいません



刀コーナー大満足で、他お雛様の展示も楽しみにして行ったのですが、とあるお雛様の前でめまい耳鳴り寒気……いや待って私自称零感なんですほんと勘弁して、などとレアな体験も

うーん……あれは、年パス買えって無言の圧力かな?
そういうことにしておこう
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敵に塩を送る
ライバルを助けるような行動をする、助言やおくりものをする、というくらいの意味で使われる、有名な上杉謙信が塩の流通を止められて困ってた武田信玄に塩を送って助けた故事にちなんだ言葉です

私、ついついこの敵に塩を送る(敵じゃないけど。大事なライバルや後輩だけど)ようなことをしてしまっては、「そんなことしてる場合じゃないだろうに」と自己嫌悪に陥るというパターンが多くてですね


でも、この故事には続きがありまして
信玄公は塩のお礼に謙信公に太刀をプレゼントしてたそうなんです
塩留めの太刀、と号され上杉家の宝とされて、今はトーハクに所蔵されてるみたいです

このことを知ったら、私なんだかすっきりしちゃいまして
そもそもお礼は太刀だけではなかったでしょうし、よく考えたら塩の代金にあたる何かでのお返しもあったかもしれませんが

でも、「ああ、太刀を贈ったんだなぁ」って
見返りとか代償とか以上の心意気だなぁって
日本刀が美術品としての側面を持ち、贈答品としてやりとりされることが珍しくなかったにしても
それでも、太刀を、武器を返礼としたこと
たとえば、次に戦場でまみえる時、その贈った太刀は自分に向けられるかもしれない
そんなことも、もし折り込み済みだったとしたら
そして、折り込み済みで受け取って、大切に所蔵していたのだとしたら


敵に塩を送ったらお礼があったことじゃなく(それも素晴らしいことですが)、そんな風に太刀を返礼とされるにふさわしい心意気をもって塩を送れる人間になりたいな、と
そう感じたら、すっきりしちゃいました


あくまで、現代人の感覚での感傷ですけどね(笑)
実際にその交流にどんな感情があったのかは、本人たちのみの知るところ
でもその出来事になにかを感じた、思うところがある人がたくさんいたから、語り継がれて来た
私も、それを受け取ってるなかの一人で、私の思うところはこんなこと

あなたは、「敵に塩を送る」ことについて、何を感じ、何を思いますか?

なんちゃって?
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手紙

投函することのない手紙を、投函しないですめばいいなと思う手紙を書きました。
投函しないまま、いつかごみ箱に笑って捨てられるといいな。

笑ってここに概要書けるくらいになったらもっとすごいのだけど。あー。そんな日が来たらいいのに。


出さない手紙を本気で書くような経験をまさか人生でする日が来るとは思わなかったなあ。
どんなことも芸の助けです。
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まだまだ

この世には知らないことがたくさんあるなあ、と思う。
当たり前だけど。

今年は、年末年始の帰省時に、よく縁側やベランダでニホンミツバチを拾いましたのよ(※生きてる)

なんの疑問も持たずひなたに放してましたが、今ふと思い出し

ニホンミツバチって冬眠しないの?




……………………………………しないんだ!?
幼虫の餌を集めにちょっとだけ外出とかもしちゃうんだ!?

巣の場所がわかってたら、近くまで連れてってあげたのになあ

お疲れさま!


ニホンミツバチって可愛いよね

高校にも巣があって
「臆病でおとなしいのでおどかさないで見守ってあげて下さい」
って看板がありました(文面ちょっとうろ覚え)

むやみに刺して来ない蜂さんなら好きです
スズメバチは嫌い!怖い!他のおとなしい蜂のこともいじめるしさ。

ニホンミツバチは天然記念物でもあります
見つけたら見守ってあげてね♪
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軸?

ふわっと思っただけのことなのだけど

ものの捉え方の軸
私は、育った地域の自治体の「新しい」「伝統芸能」と一緒に育ち、育てて貰ったんだなー、と
歴史好きはその前からだし、お芝居好きなのはさらにその前からなのだけど

「新しい」「伝統芸能」というのは、「ここから、今から伝統芸能となるまで育てて繋いでいこう」という願いが込められた新しい郷土芸能を私が初対面でそうとらえたことの表現でもあります


歴史好きとしての私は、特にそこからの影響が大きいと思う
受け継がれるものへの興味、といいますか

流れのなかで形を変えたもの、残ってきたもの
そして、この時代を通過して受け継がれるものが、形を変えること、あるいは変わらないこと

ただそこにある事象の不思議
そこに、必ず誰かの想いがあることの不思議


理想はあっても人それぞれ
思惑もあって
辛抱遠慮がうまくまわらなかったり、浅薄な選択もままあるでしょう
奇跡のような想いや願いも、こめられる

受け継がれるものにそれらが反映されていく
どの受け継ぎ方が正解か誰にもわからない
正解はなくて事実が残る
それもまた遠い未来から見たらひとつの歴史になり


ここから振り返る歴史にも、たくさんのものがすでに反映されている
それを忘れずにそれごと楽しめたらいいな、と思う
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